mercredi 10 octobre 2007

選択科目提出



本日、これから取るコースを提出した。科学哲学の他に哲学科で行われている他のコースも取るように指定されている。私は現代哲学のコースを取ることにした。また以前にも触れたように、このプログラムは4大学が参加して出来上がっているので (spécialité cohabilité)、パリ第4大学と高等師範 (Ecole normale sup) のものもそれぞれ一つずつ取ることにした。ところで、コースを選んでいる時、どうしてもその期間にやっているものが見つけられないことが判明。その旨を伝えておいた。今年から新しい趣向も取り入れているようなお話であったので、ひょっとするとどこかで手違いがあったのかもしれない。講義は来週から始るのだが、、確認した結果を秘書の方が知らせてくれることになっている。

この選択をしている間、この前感じた視線の高さの変化を再び確認していた。9月初めにプログラムを眺 めている時には、古代から現代までの哲学や芸術・宗教哲学についても広く聞いてみたいと漠然と思っていた。それだけ興味を惹くテーマに溢れていたからだ。しかし、時間が経つにつれてそれは難しいことに気付いてくる。視線が下に下りてくると、再び身の回りのことが非常に大きくなってくるのだ。小さい範囲について深く知らなければならなくなるからである。特に大学院は研究が主体である。全体を広く浅く知りたいという場合にはリサンスに行かなければならないのだろう。リサンスを経てさらに深めたいという人が来るのが大学院であることを考えれば、当然と言えば当然である。という訳で、これからその焦点を定めなければならないのだが、今は難しいような気がしている。私のように蓄えがない場合には、これからある方向性をもって試行錯誤を繰り返し行く中で、面白そうな鉱脈に出くわすことができればよいのだが、という山師的発想にならざるを得ない。指導教官のご意見もこれから聞くことになるのだが、、、相変わらずの海図のない航海である。

昼食を大学近くのカフェでとっている時、3月にこちらに来た時に偶然その講義を聴くことになった先生の顔を見つける。その聴講に至る過程やそこのオフィスでのやり取りが今につながっていることが思い出され、不思議な感慨を持って先生のお顔を眺めていた。



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